アレクサンドラ・ヴァワシェク
Aleksandra Wałaszek
2014.12 - 2015.02


どこにもかしこにも自動販売機と、小さなカレンダーと、音楽の流れるトイレ。春は2月に始まる し、富士山はただの山ではない。言葉はわたしの頭の中で飛んだり跳ねたりしている。最初に抱い たどこにいるか見当もつかない感覚はやがて、溢れでる「純粋な好奇心」に変わった。 松戸。そこがわたしの行き先だった。わたしの生まれたヴロツワフから8時間先にある場所。そし てわたしの最近の住処だったロサンジェルスから17時間先にある場所。 わたしがその地に降り立ったときはもう、一日が終わったあとだった。わたしの「現在地」は、未 来にあった。
松戸市は東京のベッドタウンとして知られているが、わたしにとってその街はすぐに、ただ寝るだ けのベッドルームではなく共同生活を送るリビングルームになった。人々と出会い続けることがわ たしの滞在生活そのものになった。制作時間の大半は、ただ人にインタビューするだけでなくイン タビューする人たちの日常のなかで過ごした。彼らと、本当の話も想像上の話もごちゃまぜに話を して、大切なことを見つけ出したり形にしたりした。文化の違いへの戸惑いや発見を酒の肴に、言 語の壁を超えて交わす対話は、この土地に対する印象を大きく変えていった。それはある時間や場 所を切り取るというよりも、第二次世界大戦や子ども時代のこと、そして現在や未来の話すべてに 耳を傾けながら、日本流のもてなしを全身で受け止めるようなことだった。
わたしはすぐに、松戸にはディズニーランドに毎週出かける人がいること、街のシンボルがネギで あること、でもそれが白カボチャに取って代わるかもしれないこと、というのも白カボチャの種を 持って宇宙に行った女性宇宙飛行士がいること、などを知った。松戸にはジュラシックパークや、 競輪場や、競馬場もあった。魚市場のそばにはクルテクとトーマス・エジソンが小さな部屋に一緒 に住んでいて、カレー屋のおじさんからは柳のお化けの話を聞き、旧水戸街道沿いのあたりでは変 わった魚に目をやりながら、矢切の渡しを聞いた。最後の水戸藩主であった徳川昭武の屋敷、戸定 邸では、管楽の演奏も聞いた。
すべての想い、夢、計画、うわさ話は、この場所にまつわる記憶を落とし込んだ地図に集約される。 Mad Maps(マッドマップス)と名付けたその地図は、人々のつながりの地図である。それがこの 地理伝記的なプロジェクトの骨格となる。試みたのは、価値や感覚のやり取りのなかで、その狭間 に自分の身を置き、街の心臓である人々を観察すること。都市の景観は人々のコミュニティによっ て作られるのだ。コミュニティこそ歴史を作る原動力なのだから。 どの場所も魅力的なストーリーに包まれているが、それを聞くためには危なっかしい「ノスタルジ ックな風景」のなかに自ら入って行かなければならないときもある。しかしそうすることで松戸は、 わたしにとって単なる一地域ではなく現在進行形の社会的な探求の場になった。そのなかでもわた しは特に、個人の人生において重要な役割を果たした場所を選ぶことを心がけた。 フジサンがフジチャンやフジクンになるとき、「誰のことなんだ?」と思うかもしれない。さまざ まな人にインタビューを重ねるうち、アニミズムの精神が日本の文化に偏在していることに気がつ いた。桜の国は確かに「神道的テクノ・アニミズム」(1)の集まりで、それは束の間のリサーチャー であるわたしにとって、素晴らしい発見に満ちていた。
つまりわたしは、聞くため、見るためにここにいた。
参考文献:
(1) http://tcs.sagepub.com/content/30/2/84.abstract
アレクサンドラ・ヴァワシェク (翻訳:田村かのこ)
2015.03.06


























